コンテンポラリーダンスと英語とねことパンの日々
    

『泥の文明』

米国の『民主』だけが普遍的理念ではない。これからは「民主」と「共生」を同時になし遂げることが大切になってきます。(略)(自由な)競争に敗れた者、弱者、病者などを抱えてどう「共生」していくかに目を向ける必要がある」


「定住、水田稲作が主体のアジアは泥の風土といえます。(略)私の「砂の文明・石の文明・泥の文明」という類型は和辻(哲郎)説と似ていますが、「泥の文明」をマイナスではなく、「勤労・勤勉・忍耐・正直・節約」と肯定的にとらえる。インド、中国、日本へと広がる「泥の文明」は自然が優しく、様々な民族が固有の文化を持ち、富めるものと貧しいもの、自然と人間が「共生」する。世界の人口の半数を有し、「内に蓄積する力」を秘めています」


三島由紀夫遠藤周作は『豊饒の海』四部作や『深い河』で人間を含めた自然が輪廻転生するインドの「永遠の時間」を描いている。
「西洋近代文学を学んだ優れた作家が個人的なフィクションを追求するなかでインドに向かったのはなぜかを考えるべきです。「人間を含めてすべては泥の中から生まれて泥の中に帰っていく」というのがインドの考え方。地球の資源は限りがあり、2050年には世界の人口が百億を突破する状況において、欧米の「石の文明」の「外に進出する力」ではやっていけない。二十一世紀の日本は米国のグローバリズムに追随するのではなく、自らの「共生」の理念を外に示す必要がある」


松本健一さん(評論家)  2006年8月23日日経新聞夕刊



泥の文明 (新潮選書)

泥の文明 (新潮選書)


砂の文明・石の文明・泥の文明 (PHP新書)

砂の文明・石の文明・泥の文明 (PHP新書)


読んでみよう。democracyという概念は結構好きだったりするが、資本主義は何とかならんもんか。資本主義の代替システムを強く望む。一方、池澤夏樹さんが最近まで新聞連載で描いていた在西欧の精神世界コミュニティも、理想主義かつ観念的に過ぎ、胡散臭い。人間のいるところ、権力闘争は不回避だ。どんなに理想を追い求めたユートピアにも必ず政治的ダイナミズムは働く。(と思うが、一回行って体験してから発言すべきかな〜。)


風邪ひいた。遊びすぎた。夏は終わり。おとなしく勉強する。おやすみなさい。